“石ノ森章太郎は、日本マンガの創成期に出てきて、手塚治氏を乗り越えたマンガ家である。

 

彼は、経済的困難を知りながら、愛する姉に支えられ、マンガ制作をやり通す。

 

親からは、「マンガなどはレベルの劣った人間のやること」と全然理解されなかった中、手塚のスタートとなった、あの東京/目白の「トキワ荘」で漫画家ライフをスタートする。

 

当時はまだまだマンガに対する世間の理解も少なかったが、姉がトキワ荘に、章太郎をはじめ多くの漫画家タマゴたちと仲良くなる。

 

その中で、石森は生涯の友人となった「赤塚不二夫」との出会いを果たす。

 

ここで石森の弱気心理に変化が訪れる。

 

病気持ちであった姉は、身体の変化を押してトキワ荘のメンバーを支えるが、とうとう身体を痛めてしまい、昭和33年、姉の由恵の死、という悲劇に出くわしてしまう。

 

弱気となった石ノ森は、逃避行のように海外旅行へ旅立つ。

 

しかし心の痛みは治らない。

 

ここで友人の赤塚不二夫氏から、意見される。

 

「姉が亡くなって悲しいかもしれないが、悲しくても怒れるのだから悲しくても楽しくなれる。

 

」と。

 

海外旅行で得た人間と機械のハイブリッド的存在であった「サイボーグ」に着眼し、彼の初めてのヒット作品「サイボーグ009」を完成させる。

 

ドラマ「石ノ森章太郎物語」ではは、ここから姉が死んでしまった心の痛みに着眼し、まだ姉の「由恵」は心の中で生きていると理解して、マンガ制作に一生をかけることに決心する。

 

ここで、石ノ森章太郎作品に、意外なテレビ局からの依頼がやってくる、それは、ウルトラマン以上のマンガを作ってほしい、という依頼であった。

 

ドラマ「石ノ森章太郎物語」では、思い出となった姉の由恵がヒントを与えてくれる、それは、「たとえ(ウルトラマンみたいな)人間でなくても、変身によって、悪を退治するのは良いのではないか」と。

 

石ノ森章太郎はここで「わかった」と。

 

それは「ショッカーという想像上の悪を想定して、人間が”変身”し、ショッカーを退治する」というシナリオであった。

 

ここで「仮面ライダー」が登場するきっかけとなった。

 

石ノ森は、ショッカーを退治する「仮面ライダー」を想定して、変身によって悪に対抗できる人間を完成させた。

 

果たして、仮面ライダーはテレビ、漫画雑誌で人気を得た。

 

ただ息子の反応は複雑であり、「ショッカーて、本当に悪人なの」と。

 

そこで石ノ森は撮影の行われている東映大泉撮影所へ息子を連れて訪れた。

 

そこでの息子の反応は、意外にもショッカーを好感したもので、「ショッカーは、一生懸命演技しているから、好感が持てる」というものであった。

 

石ノ森は、同時にちょっと欠陥のあるロボット「ロボコン」など人間性あるロボットのキャラクター制作に成功した。

 

姉由恵の協力と、赤塚不二夫の心理的支え、息子の仮面ライダーに対する意外な反応、見ごたえのあるテレビ作品であった。